2019年個展 ステートメント

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オカルトの活用

「世の中はカオスに満ちている。」

特殊漫画家根本敬氏に師事していた際にこのお言葉を頂きました。

そしてそこから来るシンクロ二シティを作品に取り入れないと良いモノは生まれない。それには感覚・無意識を鍛えることである。とのことでした。

しかし本間ってば人間の質として割と理詰めでモノを考える方で、「感覚」とか「無意識」というとスピリチュアルとかオカルトの部類に入る様な先入観がありまして、そういったものが苦手と言いますか寧ろ嫌いな方で、「宇宙」とか「神様」といったフレーズを聞きますと現在の日本人に多い様に自然と身構えてしまいます。これは20世紀から21世紀へと世紀をまたいだ世代には多いのではないかと思われ、その頃現れた多くの怪しい終末論や宗教団体が語っていた論調とリンクしているからでして、結局彼らがどうしたか、どうなったかという事と現在でも続く詐欺的集金活動の技術の一つとして活用されているという事実が嫌悪感に繋がる理由となっております。

しかし理詰めでモノを作ってゆくという方法に限界を感じているのも事実でありまして、それを打開するにはそれらの要素を取り入れていくことも重要で、根本先生の教えを受けてから、その「感覚」や「無意識」を扱っている方の著作を読んだり実際に会いに行ったりしたところ、上記の様なスピリチュアルな技術を扱っている方々もご苦労されているらしく、

「今後、感覚・無意識の技術は確実に必要になってくる。」

「しかし、今の日本では言葉を選ばないとウサン臭く思われる。(「神様」と言うとすぐに敬遠されるそうです。)」

と仰っておられていたのが印象的でした。

しかし、ジャンルを問わず活躍されている方々の多くは、根本先生をはじめ宮崎駿監督もデヴィッド・リンチ監督もミュージシャンのジェリー・ガルシアも同じ様な事を言っていて、これはクリエイターには必要なものなのではないかと思われました。

そして自分なりに感覚に従って制作をしてみたところ、現れるモチーフは「DV被害者女性」「捕食されるカエル」「小人を襲うアライグマ」といったもので、それは自分よりも強いものに対しては全く逆らわず決して争わず全力で逃げるといった生物のとても生物らしい「強敵に立ち向かう」という様なスポーツマンシップや少年マンガの前向きさや爽やかさとは真逆な姿勢で、しかし自分より弱いものに対してはその力の限りを振い襲いかかる。これが自分自身が見たい理想世界であり、創作上においても構成上の基本であります。

なので現在の本間は感覚を中心とした行動、制作をしておりますが、頭がおかしくなった訳ではありませんのでその辺も含めて今後も作品と共に作家本人の変化にも注目して頂けたらと思います。