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 I’m here  せんだいメディアテーク2005 リーフレット
 東北芸術工科大学美術館大学構想室学芸員 宮本武典

 

 平塚市にある本間家の玄関を開けると、画家の絵から飛び出てきたような、両眼が反対方向にぐりんと離れた小さな犬が走ってきて、私の足元にまとわりついた。「こいつは貰ってきた時からひどい斜視でね。ちょうど私がはじめて犬をモチーフに描いた直後に、我が家にやってきたんです。絵の中の犬が、現実にやってきたものだから飼い始めの頃は不思議な感じでね」と本間さん。
 アトリエにしている六畳間の自室には、描きかけの、おなじみの動物シリーズがイーゼルに掛かっていて、その回りの、手の届く範囲に使い込まれた画材類が配置されている。小さなテレビの上には『シメジ』に登場する熊のぬいぐるみが置かれ、本棚に無造作に積み上げられたコピー用紙には、彼らのドローイングが、タブローになる日を待っている。窓辺の水槽ではミニチュアの土管からザリガニが赤い尻尾を半分だけのぞかせている。
 律儀に正座して、伏し目がちに訥々と話す本間さんは、これらの「生き物」たちと静かに共同生活を営みながら、この静かな部屋でテンペラという古典技法を駆使して画面に向かい続けてきた。本間さんの描く悲劇的であると同時に喜劇的な動物たちの姿は、一度見たら決して忘れられない。絵の中の彼らは、しばしば傷を負い、身体的欠損を抱え、にもかかわらず無心に食べ、笑い、牙を突き出す。
 本間さんの座布団の縁から、楕円形のひび割れた手鏡が見えた。聞くと、これは画家が自身の口内を見る為に不可欠な道具で、動物の歯描写の参考にするのだという。では、この動物たちは本間さんの自画像なのでしょうか?という問いには「よく言われるのですが、自分としては意識していないです」ときっぱり答える。
 「私の絵には身体的欠陥や歪んだ精神性を感じさせる動物たちが登場しますが、何故そのような欠陥を抱えるようになったかという因果関係について説教じみた訴えをしたいわけではありません。彼らは彼らの世界に満ち足りていて、それなりに幸せなんです」と語る。
 丁寧に加えられたタッチにより背景の闇から動物たちの姿がフラッシュバックのように浮かび上がって迫ってくるのに、彼らの声は、こちらの深読みからするりと抜けてしまう。どうしようもない現実世界の理不尽さに似て、この乖離には、単なる描画を超えたリアルさが宿っている。
 絵画というフレームの中で「飼われる」動物たちが見せる感情の歪み。本間さんは、動物たちの笑いで引きつった筋肉の、その毛に覆われた壁を克明に描き出していくための時間を、まるで自分自身との尽きることのない問答であるかのように、今日も画面に向かう。